เข้าสู่ระบบ第一部
【1】
「ど、どうしよう、このまま閉じ込められたままだったら......」
がっくりと膝をついた。もう何時間経ったのだろう。閉ざされた薄暗い部屋で目が覚めてから。時計もなければ窓もないので昼夜もわからない。ただただ途方もなく感じる。
「やっぱりこれって、閉じ込められているとしか考えられないよね。でも......」
中央に寝台があるのみの閑散としている部屋は、妙に広い。おまけに天井がやけに高い。牢獄というには
「ここはどこで、ボクはいったい何者なんだろう......」
改めて確かめるように自らの身体を触る。長い髪の毛を撫でる。間違いない。女の肉体だ。
「まさか女装していたボクが、本物の女の子に生まれ変わってしまうなんて......」
それが自分にとって喜ばしいことなのかどうかはわからない。というより、そのことについてどうこう考える余裕がなかった。今はとにかくこの状況を何とかしなければならない。
「い、いったん整理しよう」
寝台に腰かけて深呼吸する。そして目覚めてから今に至るまでに理解したことを確認する。
「まず......ボクは生まれ変わった。あの時、刺されて死んだはずだったボクが。謎の女の子に生まれ変わってしまった。にわかに信じがたいけど。しかもボクには生まれ変わる以前の記憶がしっかりと残っている。火野虎白の記憶が」
荒唐無稽すぎる話だ。何度も繰り返し考えてみた。だけどそうとしか思えなかった。自分で自分の頭は大丈夫かと疑いたくなる。それなのに時間が経つにつれて現実感は増すばかりだ。
直感的な確信もある。転生したという確信。理由はわからない。ただ、魂のレベルでそう感じさせる何かがあった。
目覚めてから数時間は経ったであろう今では、冷静さも取り戻している。
「普通、生まれ変わるんなら、赤ちゃんから始まるんじゃないのかな......」
冷静になった分、ますます疑問も尽きない。それでも今は、わかることだけで何とかするしかなかった。彼女は頭を切り替える。
「結局、今のボクにハッキリとわかるのは、前世の記憶を持ったままで謎の女の子に生まれ変わり、部屋から出られない、ということだけか......つまり、ほとんど何もわからないのと一緒ということ」
フーッと大きく吐息をつく。それからすっくと立ち上がった。無理にでも気を入れ直す。まずはこの現状をどうにかしなければ、どうすることもできない。
「今、できることは限られている。だからそれをやるしかない」
先ほどから何度も助けは呼んでみた。だが、扉の向こうから誰かが来る気配はなかった。そもそも付近に人がいるかどうかも不明だ。それでも、これは定期的に続けた方がいいだろう。
「あとはやっぱり、もう少しこの部屋を調べてみるか......」
室内を見回した。自分が横になっていた寝台以外は何もない部屋だが、ひとつだけ明らかに異質なものが存在した。
「床にある、この幾何学模様......なんだか魔法陣みたいだな......」
不可思議に入り組んだ図形。寝台を中心として円状に描かれている。それを眺めていると、まるで古代の遺跡にいるような奇妙な感覚に陥る。そして何より不思議なのは......
「やっぱり、光っているよね......」
魔法陣がボンヤリと発光していることだった。そういう照明装置なのか知らないが、おかげで暗黒に支配されずに済んでいた。室内は仄暗く照らされている。
「やっぱり、これになんの意味もないとは、とても思えないよな......」
床に膝をつき、そっと魔法陣に手を伸ばして触れてみた。その時、彼女は心身に何かが疾ったような気がした。快でも不快でもない、今までに感じたことのない不思議な感覚。例えるなら、真っ暗闇の世界にパッと蝋燭の炎が灯ったような感覚。あるいは死の淵を彷徨っていた者の胸がドクンと脈打つような、そんな感覚であろうか......。
「な、なんだろう、今のは......」
床から手を離し、掌を見つめる。まるで自分の中で、得体の知れない何かが目覚めたような......
「ん?」
何かに気づいて顔を上げた。何処から震動を感じる。これは......と閃く。
「地震!?」
そう思ったのも束の間、突如として足元の魔法陣から凄まじいまでの紅き閃光が惑星爆発の如く噴き上がった。
「なんだ!?」
何が何だかわからない。ただひとつだけハッキリしているのは、それがただの赤光ではなく、激烈な光を放つ深紅の炎だということ。
「あああ!!」
炎は周囲一帯を包む。何もかもを劇的に吹き飛ばす。
それは天災か超常現象か。あるいは宇宙的神秘か。荒々しくも神々しい、天に向かって強大な深紅の炎柱が壮絶に立ち昇った。
【4】コンコン。コンコン。部屋のドアがノックされた。回数が多い。なんだよ煩いな、と思ったのも束の間。コハクはハッとして時計を見る。普段の起床時間を明らかに過ぎていた。理由は明白。昨夜、色々と考え事をしていて遅くまで眠れなかったせいだ。昨日の出来事だけが原因なのか、はたまた昨日の出来事がきっかけとなってこれまで溜まっていたものが爆発したのか。どちらにせよ、モヤモヤする。昨日、あれからクラリナと別れてクローと会う直前までは良かった。特に何も気にしてないと思っていた。ところが、クローと顔を合わせた瞬間、クラリナの言葉がフィードバックした。わたしも、グレーアム先生と仲良くしたいです。「コハク? どうかしたのか?」クローが顔を覗き込んできた。コハクは慌てて誤魔化した。「な、なんでもないよ」その時はとりあえず誤魔化したが、気持ちはずっとモヤモヤしたままだった。帰りの馬車の中での会話は自然と減り、屋敷に着いてからは不自然に口数が減った。さらにルーと顔を合わせると、今度はエリオット・エルガーのことが思い起こされた。以前、ルーはこう言った。魔法大学の男たちに気をつけてね、と。あの時は的外れな心配だと思っていたけど、どうやらルーの心配は当たっていたようだ。エリオット・エルガーが警戒すべき男かどうかはまだわからないが......。「コハク? どうした
反応に困る、とはまさにこのことと言わんばかりにコハクは返事に詰まってしまった。どういう意味で言ってるの? それは要望なの? それともただの希望なの? 「......あの、コハクちゃん?」クラリナが不思議そうに顔を覗き込んでくる、「わたし、変なこと言いました?」「あっ、いや」コハクはハッとする。そうだ。べつにクラリナの言っていることは、決しておかしなことじゃないんだ。赴任してきたばかりの素敵な先生と仲良くなりたい。そんなの、ごく当たり前の感情じゃないか。ましてやクローは美男子で、クラリナは十代の女の子だ。ある意味、当然とも言える。「わたし、コハクちゃんのこと、困らせちゃったかな......」クラリナが申し訳なさそうな微笑を浮かべる。コハクはマズイと思った。ちゃんと返さないと!「そ、そんなことないから! 大丈夫だから!」「本当ですか?」クラリナは不安そうにしている。友達を困らせてしまっていないか、本気で心配している顔だ。「本当だよ!」コハクは精一杯の笑顔を作って見せた。「今度、放課後かお休みかで、三人でお茶でもしようよ!」「いいんですか?」クラリナの目が輝いた。「もちろんだよ!」「すごく楽しみです」クラリナの笑顔が戻った。コハクはホッとする。ただ、胸の奥では、言い知れない不安が低気圧となって雨雲を作り始めていた。しかしコハク自身、それを自覚するまではしばしの時間を要するのだった。
「はぁー、はぁー」廊下の端までいき、コハクは立ち止まって壁に手をついた。正直、自分の行動に自分が驚かされていた。何も逃げなくてもいいのに。ボク、何をやっているんだ?「どうしよう。絶対ヘンに思われたよね。それどころか嫌われたかも。フツーに失礼だし。強引なナンパでもないのに。しかも相手はクラスメイトなのに......。クラリナも、どう思っただろ......」冷静になってくると、ますます不可解になってくる。そもそも相手に下心があるかどうかもわからない。ナンバだとも限らないんだ。純粋にクラスメイトと親睦を深めたいだけなのかもしれないんだ。ウブな乙女にもほどがあるぞ。「でも、前世で、ハヤテのナンパを散々見てきたからなぁ」それゆえに過剰反応したのだろうか。ましてや自分の場合、男から女に転生している。男側の心理もわかる分、より男に対する警戒心が強いのかもしれない。「クローは平気なのに......」そう。クローは、最初から平気だった。出会い方も関係しているだろうけど、それだけでは語れないものがある気がする。「あれ?」ここでふと、コハクはあることに気づく。そういえば、ルーのことも平気だったと。告白された時はさすがに戸惑ったけど、それでもエリオットに対して抱いたような警戒心はない。
【3】一日の授業が終わり、コハクとクラリナが会話を交わそうと目を合わせた時だった。二人の視線は同時に別の方向へ移った。「インフェスさん」数名の男子学生がコハクに近づいてきていた。皆、好意的な笑みを浮かべている。「こんにちは」その中のひとりの男子学生がコハクへ挨拶する。中々の男前に見える。「こんにちは」と返しながらコハクは思い出したように立ち上がった。そういえばクラリナ以外の学生とはまだ話したことがない。「初めまして、コハク・インフェスさん。僕はエリオット・エルガーです」エリオットは好意的な微笑みを見せる。茶色い髪の毛をオシャレに整えた彼は、いかにも女にモテそうな容貌を備えたイケメンだった。コハクは一瞬、前世での親友を思い出した。「初めまして」とコハクも挨拶を返すと、二人の会話が始まる。すると、またたく間にコハクは相手のペースに飲まれていった。「マギアヘルム出身と聞いて最初はどんな女性かと思ったけど、話してみると実に親しみやすくて可愛らしい素敵な人だなぁ」
誤解はすぐに解けた。さすがにクラリナも半信半疑だったようで、授業間の短い休憩時間、最低限の説明で充分だった。ただ、今回のことでひとつ問題が浮き彫りになってしまった。「でもまさか、コハクちゃんとグレーアム先生が同じ屋敷に住んでいるなんて」クラリナは素直に驚いた。そうだよね、とコハクも思った。思いながら、クローと一緒に登下校するのはマズイかも......と気づく。事情を知らない者から見れば、良からぬ想像が働くのも無理はない。ましてや学生たちは色恋沙汰に敏感な年頃だ。むしろなぜ今頃になって気づいたのか、遅きに失したと言わざるをえない。コハク自身はもちろんのこと、クローやフランツやメアリーからも言及がなかったのが不思議なぐらいだ。「と、とにかく、ボクとクロ......グレーアム先生は何でもないから」言いながら、コハクは何だか哀しくなってきた。確かに愛人関係ではない。しかしまったく男女の関係ではないと言えば嘘になる。婚約関係。それはすなわち将来の夫婦関係だ。肉体関係こそないものの、友人以上の関係であることは間違いないはずだ。「コハクちゃん?」クラリナが隣から顔を覗き込んできた。「あっ、な、なんでもないよ」あわててコハクは笑顔を作った。できたばかりの新しい友人の目の前で落ち込んでいる場合じゃない。「気にしないで」そもそも身分を隠して入学しているのだから仕方がない。言えない
コハクは一瞬「?」となる。それからすぐにハッとする。失敗した。距離感を間違えた。そう気づいた途端、今度は焦ってくる。せっかく仲良くなれそうなクラリナに、このままでは嫌われてしまう。「ご、ごめん。ボクたちまだそこまでの関係じゃないもんね。ボクばっか先走っちゃったね。アハハ......」コハクは精一杯に笑顔を作って返した。どうにかして気まずくならないようにしたい。「あっ」クラリナが何か重大なことに気づいたように、態度を一変させる。「ご、ごめんなさい! わたし、なんて失礼な物言いを」「全然そんなことないよ!」コハクはさらに焦り出した。「あの言い方では、まるで私がコハクちゃんのお誘いを嫌がってるみたいに聞こえて当然ですよね......」「じ、じゃあ、そういう意味ではないってこと?」コハクがおずおずと尋ねると、クラリナは必死に何度も首を振った。「も、もちろんです!」コハクはほっと安堵する。危うく華のキャンパスライフに早くも影を落としてしまうところだった。何事もなさそうで良かった。いや待て。コハクは思う。本当に何事もないのなら、先ほどのクラリナのあの反応は何なんだ? 何もないのにあの反応は逆に不自然だ。
【4】翌朝。熟睡していたコハクの目を覚まさせたのは、表で鳴り響く警鈴の激しい音だった。眠気まなこのコハクは、まぶたを擦りながら気怠そうに上体を起こす。「コハクお嬢さま!」使用人の女が部屋に駆け込んできた。彼女の尋常じゃない雰囲気に、コハクは悟る。大きな事故か災害が発生したに違いない。「何かあったんですか?」「私と一緒にすぐに下まで降りてきてください!」寝間着のままでコハクは一階まで駆け降りていった。居間には屋敷中のほぼ全員が集まっていた。ナイジェルとアンの姿だけが見えない。「いったい何があったんですか?」コハクが再び尋ねると、使用人の顔に戦慄が浮かび上がる。「赤黒いワイバ
湯浴みから戻ると、宴ではマトモな食事もできなかっただろうとコハクは食事を振る舞われた。ナイジェルが使用人に用意させていたのだ。「すごく美味しいです」コハクは異世界の食事に舌鼓を打った。ナイジェルとアンと三人で囲む食卓は、中々落ち着くことのできなかったコハクの心を和ませた。右も左もわからないこの世界に降り立ち、どこの誰ともわからない女の子に生まれ変わり、戸惑うばかりの一日。しかしナイジェルとアンの心遣いによって、コハクは心の平穏さを取り戻してきていた。(ふたりがいてくれて、本当に助かったなぁ......)夕食を済ませ、用意された部屋に入るなりコハクはばふんとベッドに倒れ込んだ。大変な一日
「コハクお嬢さま、大丈夫ですか?」アンが顔を覗き込んでくる。「だ、大丈夫です」と返答しつつも、コハクは体を背けていた。湯に浸かっているとはいえ、見るのも見られるのも恥ずかしかった。「申し訳ありません。まるで私が無理にお誘いしてしまったみたいで......」「えっ、いや、そんな、全然、ただ、ちょっと恥ずかしいというだけで......」コハクはあわあわとなる。アンに気を遣わせてしまい申し訳なくなる。それでも恥ずかしさはどうしようもない。「コハクお嬢さまは、その......」アンが目を細める。「とっても女の子らしい女の子なんですね」「へ??」コハクは顔を赤くする。ボクが女の子らしい女の
「い、いやだ......」コハクは声を震わせる。「コハクお嬢さま?」「二人とも、ボクにやさしくしてくれた。アンさんは、ボクをやさしく抱きしめてくれた......」「コハクお嬢さま......」「ボクにやさしくしてくれた人を......ボクはまた失いたくない!」転瞬、領主を守ろうと立ち塞がるナイジェルとアンに向かい、ワイバーンの炎が無情にも発射された。使用人は目を瞑って手を握り合わせた。だが、すぐにハッとしてまぶたを開く。「こ、コハクお嬢さま!?」なんとコハクが、窓から空へ向かって矢のような勢いで猛烈に飛び立っていったのだ。向かう先は彼らのもと。「えっ!?」精一杯の防